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静岡地方裁判所浜松支部 昭和59年(ワ)112号 判決

原告

鈴木敏康

被告

大場英二

主文

一  被告は原告に対して金一二二、七六六、七四九円とこれに対する昭和五九年四月一五日以降支払い済みに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その四を被告の負担とする。

四  この判決の一項は金五、〇〇〇万円の支払を命ずる限度で仮に執行することができる。

事実

(申立)

原告は左の1、2の判決と仮執行宣言を求めた。

1  被告は原告に対して金二三〇、七五〇、六六六円とこれに対する昭和五九年四月一五日以降支払済みに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

被告は請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求めた。

(主張)

原告は左の(1)ないし(7)のとおり述べた。

(1)  交通事故の発生

原告は、昭和五七年八月二八日午後二時五五分ごろ、自動二輪車(以下、原告車という。)を運転し、森岡方面から東名方面へ向けて進行中、静岡県磐田郡豊田町豊田八一八番地の二先の交差点に進入したところ、左方、池田方面から富岡方面へ向けて進行し、右交差点を直進しようとした被告が所有し、かつ運転する普通貨物自動車(以下、被告車という。)と衝突した。

(2)  事故の態様と当事者の過失

右交差点においては、被告の進行方向に一時停止の標識、標示が設けられ、かつ被告から見て左右の見とおしが不良であつたから被告としては一時停止線の直前で一時停止し、左右道路からの車両の有無など安全を確認してから右交差点に進入すべきであつたのに、被告はこれらを怠り右交差点に進入したため、折から右方道路から進行してきた原告車に被告車を衝突させたもので、被告には重大な過失がある。

被告主張の原告の過失は否認する。原告はヘルメツトを着用していたし、本件事故の現象から原告車の高速度を推定することはできない。

(3)  結果

本件交通事故によつて原告は脳挫傷の傷害を負い、事故当日より現在に至るまで袋井市立袋井市民病院に入院して治療をうけているが、昭和五八年四月五日ごろから症状が固定し、高度意識障害のため植物状態であつて、昭和五九年二月に後遺障害別等級表一級に該当する旨の認定がされている。

(4)  損害

本件交通事故によつて蒙つた原告の損害は左の〈1〉ないし〈5〉のとおり、合計金二五〇、七五〇、六六六円となる。

(イ)  昭和五九年三月末日までの損害(〈1〉〈2〉〈3〉)

〈1〉 付添費

原告は、右期間中、職業付添人に対して金四二七、〇六四円を支払つている。

〈2〉 休業損害

原告は、昭和三〇年八月一〇日生まれの、事故当時二七歳の健康な男子で当時の日本電信電話公社(以下、電電公社という)に勤務していたが、右期間中、給与金一、二一四、三六四円と賞与、生産手当、業績手当等金八七九、四二四円の合計金二、〇九三、七八八円の収入を失つている。

〈3〉 慰謝料

右期間中にうけた肉体的苦痛に対する慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

(ロ)  昭和五九年四月一日以降の損害(〈4〉ないし〈7〉)

〈4〉 逸失利益

原告は本件交通事故によつて健康を損わなければ将来も電電公社に勤務をつづけ、その定める給与手当、退職金、年金等の収入を得ることができた。右給与、手当は原告が昭和八九年三月三一日まで勤務することができ、この間別表(一)の年収入欄記載の給与、手当を受領することができたので、これを各年につきホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると現価は金五九、四九八、五一一円であり、右退職金は昭和八九年三月三一日に金一五、五三四、二一二円を受領することができたので、右同様中間利息を控除すると現価は金六、二一三、六八四円となり、右年金は昭和九〇年九月一日より死亡するまで年間金二、一一三、一〇〇円の年金を受領することができたので、昭和五六年簡易生命表により余命を四七・二九年とみると、一五年間受領できることになり、右同様中間利息を控除すると現価は別表(二)記載のとおり金一〇、八〇一、一〇三円となる。

〈5〉 後遺症の慰謝料

金二、〇〇〇万円が相当である。

〈6〉 入院治療費

原告の入院治療費は昭和五八年五月から昭和五九年二月までの一〇か月を平均すると一か月金三七三、七四六円を下らない。よつて原告の余命が認められる昭和一〇五年三月三一までの分につき、右同様中間利息を控除して現価を算定すると金一〇五、五四七、五一四円となる。

実際に原告は入院治療費として昭和六〇年一一月分金三六二、一五〇円、同年一二月分金三七七、三一〇円、昭和六一年一月分金三八七、〇六〇円、同年二月分金三三四、八六〇円、同年三月分金四一四、六一〇円、同年四月分金三八五、三九〇円を支払つており、右六か月を平均すると一か月に金三七六、八九六円となつて前記金三七三、七四六円とほぼ同額である。原告はこのほかに付添布団代として一日に金五〇〇円を支払つている。

なお、原告の家族は、担当医や付添家政婦が原告の健康状態を経験的に適確に判断しうる状況にあり、原告の生命維持のため最適な場所と考えているため、袋井病院における治療の継続を強く希望し、将来医学の手によつて原告が回復することを願つている。

〈7〉 付添料

原告は生涯病院において常時付添を要するところ、その費用は一日あたり金五、〇〇〇円を下らないので、昭和五九年四月一日以降前記昭和一〇五年三月三一日までの分につき、右同様中間利息を控除して現価を算定すると金四二、九四九、〇〇二円となる。

なお、実際に原告は付添家政婦代金として、昭和六〇年一一月分金二四一、五〇〇円、同年一二月分金二四九、五五〇円、昭和六一年一月分金二四三、七九〇円、同年二月分金二二五、四〇〇円、同年三月分金二四五、七一〇円、同年四月分金二三九、五八〇円支払つており、右六か月の付添費を平均すると一日当たり金八、一五二円となり、原告の請求している金五、〇〇〇円を上まわつている。なお原告の生活維持は病院や家政婦にまかせきりにされているのではなく、家族が必ず一日の何時間かは原告の世話をしている。

〈8〉 物損

本件交通事故によつて原告車は全損したが、その価格は金二二万円である。

(5)  被告の責任

被告は民法七〇九条、および自動車損害賠償法三条により本件交通事故によつて原告に生じた右損害を賠償する責任がある。

(6)  損害の填補

原告は自賠責保険から後遺障害分保険金として金二、〇〇〇万円を受領した。従つてこれを右〈4〉ないし〈7〉の昭和五九年四月一日以降の損害の一部に充当すると、〈4〉ないし〈7〉の残額は金二二五、〇〇九、八一四円となる。

(7)  請求

よつて原告は、被告に対し、右金二二五、〇〇九、八一四円と右〈1〉〈2〉〈3〉および〈8〉の金額を合計した金二三〇、七五〇、六六六円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年四月一五日以降支払い済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告は左の(1)ないし(6)のとおり述べた。

(1)  交通事故

原告主張の(1)の事実は認める。

(2)  事故の態様と当事者の過失

同じく(2)の事実中、被告の注意義務は認めるが、原告車に被告車を衝突させた事実は否認し、被告の重大な過失は争う。被告は交差点に進入するにあたつて徐行し、左右の安全を確認した上で加速したところ、高速で進行してきた原告車が被告車の右側後部に衝突したもので、原告の方にも過失があり、その割合は四割に相当する。

(3)  結果

同じく(3)の事実は認める。

(4)  損害

同じく(4)の損害は争う。

昭和五九年四月一日の症状固定時に至るまでの損害((4)の〈1〉〈2〉〈3〉)について。〈1〉の付添費支払いの事実は不知。袋井市民病院においては規準看護という体制をとつており、職業的付添人は必要としていないのに、原告の家族の強い希望によつてこれを付けているのである。〈2〉の休業損害額は不知。〈3〉の慰謝料の額は金二〇〇万円が相当である。

昭和五九年四月一日の症状固定後の損害(〈4〉ないし〈7〉)について。〈4〉の逸失利益は五〇パーセントの生活費控除をなすべきである。何故なら植物人間の生活に必要な費用は入院治療費や付添費に限られ、稼働能力の再生産や健全な精神の営みのための諸費用は不要であるし、原告は独身者だからである。この結果、この後遺障害による逸失利益は三〇年間の給与、手当の分で金二九、七四九、二五五円となる。退職金、年金については不知、年金の掛金については損益相殺すべきである。〈5〉の後遺症の慰謝料、〈6〉の入院治療費、〈7〉の付添料については、原告が植物人間の状態のまま今後平均余命期間の四七・二九年も生存しつづけるとは考えられず、原告の余命は昭和五九年四月一日の症状固定時から三年間とみるのが相当であるから、これに従つてそれぞれ算出すべきである。そうすると、〈5〉の後遺症の慰謝料は、余命期間の後遺障害一級の慰謝料と死亡の段階での慰謝料と綜合的に考えるべきで、前者を考えれば後者は著しく減額されるべきである。〈6〉の入院治療費についてはすでに植物人間に入院治療が必要かは疑問で、現在の入院は治療のためというより生命の維持のため、という極めて例外的なもので、家族の強い希望によつてなされているものであるから、この費用の負担は、損害の分担の公平といつた観点から社会的必要性、常識性の中で考えるべきであるが、仮に被告が負担するのが相当だとしても三か年分であるから原告主張のように一か月平均金三七三、七四六円としても合計で金一三、四五四、八五六円となる。〈7〉の付添料については袋井市民病院の規準看護を前提とすれば職業的付添人の付添を必要とするものではなく、従つて一日あたり金五、〇〇〇円は高額にすぎ、家族が付添つた場合の一日あたり金一、〇〇〇円程度に限られるべきである。従つて三年間の付添料としては金一、〇九五、〇〇〇円が相当である。

なお、右三年間経過後の原告の損害は死亡による損害として、生活費を控除した上での逸失利益、生存中のそれと総合して金額を定めた慰謝料を考えるべきである。

〈8〉の物損は不知。

(5)  被告の責任

原告主張の(5)の被告の責任は認めるが、前記(2)掲記のとおり原告にも過失があるので、損害の四割を過失相殺すべきである。

(6)  損害の填補

同じく(6)の自賠責保険からの金二、〇〇〇万円の損害の填補の事実を認める。

(証拠)

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからここに引用する。

理由

一  原告主張の(1)の交通事故発生の事実は当事者間に争いがない。

二  ところで、成立に争いのない乙四号証、同八号証、同九号証、同一七号証、同一八号証によれば、本件交通事故現場の交差点は被告車の進行方向に一時停止の交通標識があり、交差点手前には停止線がひかれており、また右手前角には建物があつて交差点右方からの見通しが悪かつたのであるから、被告としては、交差点の手前で確実に停止する等して右方からの車両等の進入の状況その他交差点内の安全を十分に確かめた上、交差点へ進入すべき注意義務があつたのに、これを怠り、一時停止の標識や停止線を確認していながら交差点手前で停止せず、右方からの車両等の進行に十分の注意を払わず、安全を確認しないままで、時速約一五キロメートルに減速しただけで交差点に進入し、通過しようとしたため、交差点内に入つてから右方から同交差点に進入したきた原告車と衝突した事実を認めることができ、本件交通事故における被告の過失は明らかである。よつて被告は民法七〇九条により、本件交通事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。しかしながら一方、右各証拠によれば原告の方にも交差点へ進入するに当つて左方からの車両の進行等、交差点内の交通の安全を確かめず、減速せず、相当の高速で進行した点に過失があることは否めず、両者の過失の割合は被告が八、原告が二とみるのが妥当であろう。なお、被告車が被告の所有である事実は当事者間に争いがなく、被告は自動車損害賠償保険法三条によつても、本件交通事故によつて原告の身体に生じた損害を賠償する責任がある。

三  本件交通事故によつて原告が脳挫傷の障害を負い、事故当日より現在に至るまで袋井市立袋井市民病院に入院し、現在に至つていること、昭和五八年四月五日をもつて症状固定と診断され、事故以来現在に至るまで高度の意識障害の継続する植物人間の状態であり、後遺障害等級第一級該当の認定がなされていることは当事者間に争いがない。

四  本件交通事故によつて原告の蒙つた損害は左の〈1〉ないし〈4〉のとおり、合計金一七八、四五八、四三七円であることが認められる。なお、被告は原告の損害の認定に当つて、原告の生存期間が症状固定後の昭和五八年四月一日から三年間であることを前提とするよう主張するが、証人原野秀之の証言によれば、現在のような良好な状態、環境におき、医療の手をつくしていれば原告の寿命は平均的健康人と同程度が十分期待できるものと認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないから、原告は、少なくとも原告の主張する昭和一〇五年三月三一日までは生存するものと推定するのが相当である。

〈1〉  入院治療費

成立に争いのない甲二三号証ないし三二号証、同四〇号証ないし同五七号証、原告法定代理人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる同三三号証の一、二に原告法定代理人尋問の結果を綜合すれば、原告の請求している昭和五九年四月一日以降生存期間中に入院治療費は原告主張の一か月あたり、通じて金三七三、七四六円をこえることが認められ、この分についてホフマン式によつて中間利息を控除すると金九五、五四七、五一四円となる。

〈2〉  付添料

成立に争いのない甲二号証ないし同四号証と証人原野秀之、同小林正子の各証言および原告法定代理人尋問の結果を綜合すれば原告は本件事故以来一貫して植物人間の状態でその症状から常時職業的付添人の看護介助を必要とすることが認められ、また右小林証言とこれによつて真正に成立したものと認められる甲三四号証ないし同三七号証、右法定代理人尋問の結果とこれによつて真正に成立したものと認められる同三八号証によれば原告は昭和五九年二月六日以降同年三月三一日までの小林付添婦に対する付添費の支払いとして原告主張の金四二七、〇六四円以上を支払つている事実が認められ、また右甲三八号証と成立に争いのない同五八号証ないし同七〇号証によれば原告は同年四月一日以降も現に小林付添婦に付添を依頼し、本訴で原告の請求している一日あたり金五、〇〇〇円を超える額の付添料を右小林に支払いつづけて今日に至つていることが認められ、右支払いは前述の原告の状態から原告の生存期間中継続するものとみられるので、この間の右金額の付添費をホフマン式によつて中間利息を控除して計算すると金四二、三六〇、六六〇円となる(一か月に三〇日として計算)。

〈3〉  逸失利益

成立に争いのない甲五号証ないし同二二号証と原告法定代理人尋問の結果によれば、本件交通事故の発生以来、原告が本件交通事故に遭わなければ得られたであろう昭和八九年三月三一日までの給与、賞与、諸手当等や右時点で得られたであろう退職金の額は原告主張の(4)の〈2〉〈4〉掲記のとおりであり、また得られたであろう年金の額は同〈4〉掲記のとおり(但し、昭和一〇五年三月三一日までとする)で、〈4〉については中間利息を控除して計算すると合計金七六、二四六、五一九円となるが、植物状態の人間の場合は五割の生活費控除をするのが相当と考えられるので、原告の逸失利益は金三八、一二三、二五九円となる。

〈4〉  本件の全証拠を綜合すれば、本件における原告の慰謝料は、入院の慰謝料、後遺障害の慰謝料等一切を含めて、諸般の事情を考慮して金二、〇〇〇万円とするのが相当である。

五  しかるところ、前記二掲記のとおり本件交通事故において原告には二割の過失があるので、その分を過失相殺すると被告の負担すべき金額は金一四二、七六六、七四九円となる。

六  原告が自賠責保険から金二、〇〇〇万円の支払いをうけ、その分損害を填補した事実は当事者間に争いがなく、従つてこれを控除した未填補の損害の額は金一二二、七六六、七四九円となる。

七  以上により、原告の本訴請求は被告に対して右金一二二、七六六、七四九円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年四月一五日以降支払い済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言について同法一九六条一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安部晴彦)

別表(一)

〈省略〉

〈省略〉

別表(二)

〈省略〉

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